Night ShowV





 赤黄色の紅殻柱や極彩色の唐草文様の天井、そして豪華な宝玉や大壷などの調度品で飾られた室内。


 紅い提灯や蝋燭それに窓や換気孔からも光が入っているが、今が昼間と信じられないほどに薄暗い。



 その東洋趣味で装飾された妖しい雰囲気の部屋を、華のような甘い饐えた匂いが充満していた。


 ここは分厚い扉を3枚も潜ってやっとたどり着ける阿片窟、まさに地上とは別世界の桃源郷であった。




 その部屋の中央にある腕置きに龍の彫られた豪奢な長ソファに、くつろいだ姿勢で劉が座っていた。





「ねぇ、君。もっとこっちにおいでよ」



 床に敷かれた文様織りの絨毯に座って杯を傾けているアグニに、悠然と笑いかけて彼は手招きする。



 手にしていた杯を近くの高机に置き、アグニは劉と向かい合うすぐ正面の床に遠慮がちに屈んだ。


 上着の裾を気にしながら脚を閉じて正座し、落ち着かない様子で裸足のつま先を動かす。




「そこじゃなくて我のすぐ側、ここにおいで」


「・・・あの」



 アグニの全身からは緊張が滲み出ていたが、劉は自分のすぐ横の空きスペースをぽんっと叩いた。


 やはり戸惑って見上げてきたアグニに劉は手を差し伸べ、さらにソファの上に引っ張りあげてやる。




「すこしは気分が落ち着いてきたかい?」



 まだ居心地が悪そうに身体を縮めて座っているアグニに、劉はつとめて穏やかに笑いかけた。


 すぐ隣で強張って微かに震えている肩に手を置くと、ゆっくりと驚かせないように撫でてやった。




「・・・はい。ありがとうございます」



 するとおもむろにこちらへと顔を向け、アグニは少し掠れた鼻声でやっと言葉で応えてくれた。



 その銀髪の頭にはいつものターバンは無く、かわりに獣毛に包まれた三角形の猫耳が生えている。


 獣毛に包まれた尻尾もちゃんとあって、それは腰と尻の境目あたりから伸びてゆっくり揺れていた。









 アグニは今朝起きたとき、己の身体に猫耳と尻尾が生えている事態をまだ夢か何かだと思っていた。


 セバスチャンに昨夜も遅くまで抱かれたので、疲労が抜けていない頭が見せる幻影だと考えたのだ。




 しかし惚けた頭を揺すってベッドを離れ、身支度を整えていくうちにアグニは正気を取り戻した。


 それは上着とストールは普段どおり着られたのに、尻尾のせいでズボンが穿けなかったからだ。



 猫耳はターバンでなんとか隠せるが、やけに長い尻尾をズボンにどうやっても納めることができない。


 困り果てて姿見を何度も見直したが猫耳も尻尾も消えず、取ろうとして触るとちゃんと感覚があった。



 少年の頃ならまだ許容範囲だろうが、成人をとうに迎えた男がこんな異様な姿を人前になど晒せない。


 すっかり混乱したアグニは、起こしに来たセバスチャンが発見するまで床に座り込んで泣いていた。




 そして原因不明でセバスチャンも手におえず、とりあえず人目を避けて阿片窟に連れて来られたのだ。


 不定期に行われる淫らな接待という秘密を共有している劉の居は、まさに都合のいい隠れ家であった。









「執事君が泣いてる君をここに連れて来たときには、一体何が起こったのかと驚いたよ」


「・・・朝早くからお騒がせをして、申し訳ありませんでした」




 取り乱したことが恥ずかしいのだろう、アグニは泣いて赤くなったままの瞳を顔ごと伏せてしまう。



 そして上着の裾を伸ばして押さえる動作を繰り返し、下半身をしきりに気にしている様子であった。


 尻尾が生えているためズボンが穿けず、上着の下は下着のみでさらに剥き出しの脚も心許ないのだ。



 結局あまりに想定していない突然の混乱事態に、代用になる服を用意できないままここに来ていた。





 頑なに緊張した態度のままのアグニに、劉は嘆息して牡丹が描かれた美しい細工の酒器を持ち上げる。




「これ、もうちょっと呑んでみるかい?」



 そしてさっき高机に置かれたものと同じデザインの杯に蜂蜜色をした甘露を注ぎ、口にしてみせた。



 するとその糖度の高い酒特有の匂いに、アグニは少しだけ自分から劉の方へと身体をのり出した。


 劉はその反応に唇だけでほくそ笑み、無防備に近づいていた銀色の頭を己の胸元に引き寄せてやる。




「え・・っ」



 驚いて開いたその唇を自身のそれで塞ぎ、劉は含んでいた甘露をアグニの口内へそのまま流し込んだ。


 嚥下し切れなかった液体が唇の端から零れ、呼吸や嚥下をするたびに動く喉の上を滴っていく。





「ん・・んんっ、はっ、あ・・・」




 その液体の流れを遮断するように指を添えて口づけを続けると、喘ぎながらアグニは喉を鳴らした。



 口腔粘膜を擦るように舐めてやると、腕の中のしなやかな身体が細かく震え出したのが解かった。


 身を捩らせるアグニの腰を抱き寄せて逃さないようにし、角度を変えてもっと深く唇を合わせてやる。





「君は猫だから、やっぱりこのお酒が好きなんだね」



 唇を離すと劉はそう言ってアグニを抱きかかえたまま、幼子を褒めるようにその銀色の頭を撫でた。


 そういう扱いをされてアグニは軽く頭を振ったものの、されるがままにおとなしくしている。




「そうだ。君のことは今から『黄猫(ホアンマオ)』と呼ぼうかな」


「『ほあんまお』ですか?」



 ふと頭に浮かんできた名前を呟いた劉を、まるで夢心地な恍惚とした灰色の瞳が見上げてくる。


 どんな漢字をあてるのか解らないのだろう、復唱するアグニの声はちょっと舌ったらずであった。




 中国では高貴な色である黄に猫と書くのだと教えてやると、納得したのか頷いてにっこり笑った。


 その警戒心が薄れているアグニのつくる笑顔は絶品で、思わず劉は眼を奪われてしまう。



 自分は愛玩動物に名前をやる感覚だったのに、妙に嬉しそうにしている姿もなんだか可愛らしい。




「んん〜、可愛いね」



 甘い声色で頭部に生えるその耳の方に囁いてやると、頭髪と同じ銀色をしたそれがぴくぴくした。


 その動きを見ただけでも充分に愛玩してやりたい気持ちが起こり、劉はまた銀の頭を撫でてやった。




 そのまま撫で続けてやると、喜びの感情を表して長い尾がくるりと弧を描きながら左右に振れる。


 劉が手をずらして首筋そして身体を撫でても、抵抗もせずにアグニは気持ちよさげに目を細めた。



 さらに先程までのぎこちない態度は何処へやら、満更でない顔つきでアグニはもたれ掛かってきた。


 そして頬を染めつつとろんと蕩けた瞳で劉の胸元に頭を擦りつけ、猫のようにじゃれつく仕草をする。



 劉はそのまとわりつく肢体を抱えたまま腰をあげると、今度はソファにゆっくり押し倒してやった。




「今は我が君のご主人様だから、中文の名前をつけたんだよ」


「・・・劉様がご主人様?」




 何をされるのか解かってなさげにきょとんとしている顔を見て頷きながら、上着のボタンを外す。


 そして妖しくもまだ若い色香に誘われるままに手を伸ばし、露になった滑らかな胸元の肌を撫でた。




「ん!や・・っ」




 途端に小さく跳ねて逃れようとした身体を捕らえ、さっきよりも幾分か腕に力を込めて閉じ込める。




「逆らっちゃ駄目だよ。

 恋人の'彼'が直々に預けていったんだから、君は今だけは我のものだろう?」




 顔を間近で見つめて薄く微笑いながらくどいてやると、いつもより長い瞳孔をした灰色の瞳が揺れる。



 無防備な仕草と艶めかしい褐色の肌がもつエキゾチックな色気、そのアンバランスさに惹かれた。




 まだ諦めずに抵抗しようと中華服の袖をしきりに引っ張る右手を取り、その指先に口づける。


 そして巻かれている包帯を器用に口で解いてやりながら、劉は低い声で危ういことを囁いた。




「ずっと君のことを抱きたいと思っていたよ。
 <彼>の居ないところで、勿論 ふたりきりでね」


「・・・劉様ッ」





 長い指にはまった丸い桃色の爪から指のつけ根にかけ、一本ずつ舌を絡めて丹念に舐めていく。



 手にはツボや性感体が沢山あるが、神と賞されるほどの感覚の手をもつアグニは特に敏感らしかった。


 爪の根元を覆う甘皮や指の又など、皮膚の薄い柔らかな部分を舐められるたび細かく身体を震わせる。


 快楽にみるみる誘われて潤む瞳が蕩けて理性を失っていく様が、劉には手に取るように把握できた。




「こんなに君が感じやすいのは、まだ若いから?
 それとも毎晩 <彼>に何度も激しく愛されてるせいかな?」



 しかし劉がそう言ってやると灰色の瞳を見張り、アグニは頭から生える猫耳をへたりと伏せた。



 劉にこのまま抱かれれば、すなわちそれは恋人のセバスチャンを裏切る浮気行為になってしまう。


 それを快楽に翻弄された頭でも理解したらしく、刺激に細眉を寄せながらもふるふる首を振った。




「・・・っ、どうかそれはっ、おっしゃらないで、くださいっ」


「だって、本当にこのまましちゃっていいの?
 君は <彼>のものだから、無理強いはしたくない」




 劉はあえてセバスチャンを名指しさずに <彼>と呼び、互いに知る相手に対する背徳を強調した。


 そう尋ねながらもアグニの肌に愛撫は続けていて、いまさら止めてやる気などは全くなかったが。



 ただ今のこの状態でアグニが自分とセバスチャンのどちらの男を取るのか、それには興味があった。





 葛藤していたのか与えられる愛撫に喘ぎつつも、しばらく沈黙していたアグニがふいに口を開いた。



「はぁ、んんッ・・・
 でも、今の私は、黄猫(ホアンマオ)は劉さまのもの、でしょう?」




 官能による熱をはらんで潤んだ瞳が、そこに切ない意思をたずさえてじっと劉を見上げていた。





 ソーマの執事やセバスチャンの恋人のアグニではなく、今は自分だけの 黄猫(もの)になると言うのか・・・


 真面目なアグニが口にすると予想もしなかったその甘美な誘惑に、本能的な欲求が一気に刺激される。





「これは参ったね。
冗談のつもりだったのに、思ってた以上に我は君に夢中のようだ」



 己の下腹部が熱をもって勝手に張ってきた感覚に、劉は思わず開いた黒い瞳を眇めて自嘲した。







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